インド音楽におけるタブラとシタールの指定方法
インド古典音楽は、その複雑なリズム体系と旋律構造において、タブラとシタールという二つの楽器が中心的な役割を果たします。これらの楽器の演奏は、単に音を奏でるだけでなく、高度な技術と深い理解に基づいた「指定」によって成り立っています。本稿では、タブラとシタールがインド音楽においてどのように指定され、演奏されるのか、その詳細について掘り下げていきます。
タブラの指定方法
タブラは、左右一対の太鼓からなる打楽器であり、その演奏は極めて多様な音色とリズムパターンを生み出します。タブラの指定は、主に「タール」と呼ばれるリズムサイクルと、奏者が即興で繰り広げる「リャー」と呼ばれる即興演奏に大別されます。
タール(Rhythm Cycle)
タールは、インド古典音楽におけるリズムの基本単位であり、一定の拍数とアクセントの配置によって構成される循環的なリズムパターンです。タブラ奏者は、このタールを正確に理解し、それを基盤として演奏します。
* **タールの種類:** ヒンドゥスターニー音楽(北インド古典音楽)とカルナータカ音楽(南インド古典音楽)では、それぞれ異なるタール体系が存在します。ヒンドゥスターニー音楽では、「ダーデュラー」「テータール」「イーカール」「ジュマーラ」などが代表的です。カルナータカ音楽では、「アーディ・ターラム」「ルーパカ・ターラム」「アータ・ターラム」などが知られています。
* **タールの構成:** 各タールは、特定の拍数(カーラ)を持ち、その拍のそれぞれにアクセント(グール)や休止(カーリ)が割り当てられています。例えば、「テータール」は16拍で構成され、4拍ごとにアクセントが置かれ、5拍目と13拍目に休止があります。
* **タールでの演奏:** タブラ奏者は、タールの構造を頭の中で完全に把握し、その拍に沿って「ボウル」と呼ばれるタブラの叩き方と、「ボール」と呼ばれる音の響きを組み合わせて、タールの形を表現します。タールの最初の拍(サム)は特に重要視され、力強く叩かれることが一般的です。
* **タールの展開:** 演奏が進むにつれて、タブラ奏者はタールを様々な速さ(ライ)で演奏したり、タールの拍を分割したり、倍にしたりといった変化を加えます。これにより、音楽にダイナミズムと複雑さが生まれます。
リャー(Improvisation)
リャーは、タブラ奏者がタールを基盤としながらも、その枠組みの中で自由な発想に基づいて即興でリズムパターンを創造する演奏形式です。これはタブラ奏者の技術と創造性を最も顕著に示す部分です。
* **タールとリャーの連携:** リャーは、タールの構造から逸脱するものではなく、タールの拍数とアクセントを尊重しながら、その中に様々なリズムの装飾や複雑なパターンを織り交ぜていきます。
* **ボウルとボールの駆使:** タブラの「ボウル」(叩き方)は多岐にわたり、指先、手のひら、指の付け根など、様々な部位を用いて、それぞれ異なる音色や響き(「ボール」)を生み出します。タブラ奏者は、これらのボウルとボールを巧みに組み合わせ、リャーを表現します。代表的なボウルには、「ナ」「ディン」「テ」「ケ」などがあります。
* **パラカル・アブドゥル・カラーム(Para Kal Abudul Kalam):** これは、タブラ奏者がタールの拍を細かく分割し、複雑なリズムパターンを即興で作り出す高度な技術です。例えば、1拍を8分割、16分割といった具合に、超絶技巧でリズムを表現します。
* **「ティハイ」(Tihai):** ティハイは、ある特定のフレーズを3回繰り返すことで、タールの終結や次のセクションへの移行を示す重要な技法です。リャー演奏のクライマックスや、シタール奏者との掛け合いの中で頻繁に用いられます。
* **シタール奏者との掛け合い:** タブラ奏者は、シタール奏者の演奏を注意深く聴き、その旋律やリズムに合わせて即興でタブラのパターンを変化させます。これは、二つの楽器が互いに影響し合い、音楽を共に創り上げていくプロセスです。
シタールの指定方法
シタールは、弦楽器であり、その豊かな音色と装飾的な演奏スタイルで知られています。シタールの指定は、旋律の提示、装飾、そしてリズムとの関連性という側面から理解されます。
ラーガ(Melody Framework)
ラーガは、インド古典音楽における旋律の基本となる概念であり、単なる音階以上のものです。特定の音の選択、音の上がり下がり(アーロハ・アヴァロハ)、特徴的なフレーズ(パカード)、そして感情的なニュアンス(ラーサ)など、複雑な要素を含んでいます。シタール奏者は、これらのラーガのルールに則って演奏します。
* **ラーガの構造:** 各ラーガは、特定の音階(スワラ)、その音の度数(グラーム)、そして楽曲の主要な音(ワーディ、サンワーディ)を持っています。さらに、ラーガ特有の旋律の動きや、特定の音の強調の仕方が定められています。
* **ラーガの表現:** シタール奏者は、ラーガの指定された構造を忠実に守りながら、そのラーガが持つ雰囲気や感情を音色や奏法で表現します。例えば、夕方に演奏されるラーガは、落ち着いた、あるいは切ない響きを持つことが多いです。
* **ラーガの即興展開:** ラーガの指定された枠組みの中で、シタール奏者は即興で旋律を展開させていきます。これは、ラーガの規則を理解した上で、それを基盤とした創造的な旋律の構築を意味します。
演奏技法(Playing Techniques)
シタールの独特な音色と表現力は、その多様な演奏技法によって生み出されます。
* **ミーズ(Meend):** これは、弦を滑らせるようにして、ある音から別の音へと滑らかに移行させる技法です。これにより、西洋音楽では得られないような、歌うような、あるいは泣くような独特の音程の表現が可能になります。ラーガの持つ感情的なニュアンスを表現する上で極めて重要です。
* **ガーマク(Gamak):** 音を揺らしたり、装飾したりする技法です。これは、音に振動や色味を加えることで、旋律に深みと表情を与えます。
* **クラーント(Krant):** 弦を強く弾いて、音に力強さや鋭さを加える技法です。
* **カトラ(Katra):** 弦を複数回、素早く弾くことで、リズミカルな装飾を生み出します。
* **ジワリ(Jiwari):** シタール独特の、ブリッジ(ガラー)と弦の間に挟まれた薄い膜(ジワリ)が振動することで生まれる、独特の「きらめき」や「唸り」のような響きです。このジワリの調整は、シタールの音色を決定づける重要な要素であり、奏者の好みに合わせて微妙に調整されます。
* **バラー・ジュラー(Bala Jula):** 弦を大きく揺らし、うねるような音を出す技法です。
リズムとの連携
シタール奏者もまた、タブラ奏者と同様に、タールというリズムサイクルを意識した演奏を行います。
* **タールへの順応:** シタール奏者は、タブラ奏者が提示するタールに合わせて、旋律のフレーズや装飾を配置します。特に、タールの最初の拍(サム)や、特定のアクセントの拍に合わせた旋律の開始や終結は、音楽全体の調和を保つ上で重要です。
* **リズムと旋律の相互作用:** シタール奏者は、タブラ奏者が演奏する複雑なリズムパターンに呼応するように、自身の旋律にリズミカルな要素を取り入れたり、逆にタブラ奏者がシタール奏者の旋律の速さに合わせてリズムを調整したりします。
* **「スラ」(Sura)と「タリ」(Tali):** スラは、単一の音を長く伸ばすこと、タリは、リズムに合わせて音を短く区切って演奏することなどを指し、これらを駆使してタールと調和した演奏を行います。
タブラとシタールの相互作用と「指定」の深化
タブラとシタールの演奏は、それぞれが独立したものではなく、互いに深く影響し合っています。この相互作用こそが、インド音楽における「指定」をより豊かでダイナミックなものにしています。
* **「ガト」(Gat)と「バジャン」(Bhajan):** ヒンドゥスターニー音楽では、「ガト」と呼ばれる、ある程度定まった旋律とリズムのパターンが存在します。これは、タブラとシタールが共に演奏する基礎となる部分であり、各奏者がそれぞれの楽器でガトを提示・展開していきます。また、「バジャン」のような歌唱曲も、シタールで伴奏されたり、歌唱の後にシタールで旋律が展開されたりします。
* **「ジョール」(Jor)と「ジャラー」(Jhala):** これらは、シタールのみで演奏される、あるいはタブラとの掛け合いがよりリズミカルになるセクションです。ジョールでは、タブラの伴奏なしに、シタール自身がリズミカルなパターンを提示し、ジャラーでは、弦を素早く弾くことで、打楽器的な効果も生み出します。タブラ奏者は、これらのシタールのリズムパターンに即座に対応し、より複雑なリズムを付加したり、共に盛り上げたりします。
* **「タカラ」(Takara):** これは、シタール奏者がタブラ奏者のリズムパターンを真似たり、それに応答したりする演奏です。これにより、二つの楽器がまるで対話しているかのような効果が生まれます。
* **「ラーラー」(Rala):** これは、シタール奏者がタブラ奏者の「ボウル」を真似て、タブラの音色を模倣するような奏法です。これにより、音楽に奥行きとユーモアが加わることもあります。
まとめ
インド音楽におけるタブラとシタールの指定は、単に楽譜に記された音符を演奏するのではなく、タールというリズムの枠組み、ラーガという旋律の枠組み、そして高度な即興演奏技術に基づいて成り立っています。タブラ奏者は、多様なボウルとボールを駆使してタールを表現し、リャーでリズムの創造性を発揮します。シタール奏者は、ラーガの構造を理解し、ミーズやガーマクといった技法を用いて感情豊かに旋律を奏でます。
これらの二つの楽器は、互いの演奏を注意深く聴き、即座に反応することで、複雑でダイナミックな音楽を共に創り上げていきます。ガト、ジョール、ジャラーといった演奏形式や、タカラ、ラーラーといった相互作用を通じて、タブラとシタールは単なる伴奏楽器や主旋律楽器にとどまらず、一体となって音楽を構築する、真のパートナーシップを築いています。この相互理解と創造的な「指定」のプロセスこそが、インド古典音楽の奥深さと魅力を生み出していると言えるでしょう。
